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甘草屋敷を後にしてころ柿の里へ~その前に恵林寺に寄りました。
 
 
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臨済宗妙心寺派の名刹で、元徳2年(1330)の創建。往古は、鎌倉、円覚寺派で関東準十刹の 寺格を有す。元徳2年当時甲斐牧ノ庄と称した当地地頭職(領主)二階堂出羽守貞藤(道蘊)が、 七朝帝師と尊称された夢窓国師を招き自邸を禅院としたのに始まる。戦国時代武田信玄の尊崇を受 けた快川国師の入山で寺勢を高め、永禄7年(1564)信玄自ら寺領寄進し当山を菩提寺と定め た。境内には本堂、庫裡、開山堂、赤門(重文)、三重塔がならび巨刹らしい雰囲気である。三門 に掲げられた快川国師の「安禅不必須山水、滅却心頭火自涼」は有名。武田信玄の貴重な資料を常時公開。インターネット
 
 
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重要文化財 恵林寺四脚門 明治40年8月28日指定
丹塗りの門であるところから通称「赤門」と呼ばれている、切妻造り、檜皮葺きで、本柱、控柱と もに円柱を用い、柱には粽形が付けられ、柱下には石造礎盤が置かれている。中通しの本柱は控柱 より太く大きく、これを桁行に通した頭貫で繋ぎ、その上に台輸を架し大科・枠・肘木・実肘木を 組み、軒先を海老紅梁で繋いでいる。 このように極めて簡単な構架ではあるが、全体に木割りが大きく、その意匠は雄大であり、桃山期 の豪放な気風をよく現わしている。インターネット
 
 
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ころ柿を漢字で書くと「枯露柿」と書きます。
ころ柿の名前の由来は、柿を乾かす時まんべんなく陽が当たるようにころころ位置を変える作業をすることによるといわれています。武田信玄公の時代に奨励され、美濃国(岐阜県南部)から蜂屋柿を移植して増産を図ったとのことです。
地元産の柿のみを使用して、天日干しのみで製造した枯露柿を販売しています。乾燥機に入れないで製造する干し柿は、現在ではとても珍しくこの地域でも少数になりつつあるそうです。12月から1月は半生のあんぽ柿と贈答用の箱詰販売が中心です。
 
 
こんなに沢山の吊るし柿を見たのは初めてでした~今干してある柿がころ柿に
なるのは12月中旬だと云う事です。
ころ柿を試食しましたがあんなに甘くて美味しいのは初めてでした。
大画面でご覧下さい。
 
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 此処でも
富士山が見えました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 帰り道・車窓から
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 帰り道で富士山がラッキーな一日でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
9時に出発して河口湖もみじ回廊~御坂峠~ハーブ庭園~甘草屋敷~恵林寺~岩波農園と
廻って4時に家路に着きました~沢山思い出が出来ました・ありがとうございました。