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2014・1・11
バスは八王子から到着~740立川を出発しました。
8時49分浅草寺~11時16分龍正院~1225分開花亭で昼食~14時19分圓福寺~
15時26分圓福寺を出発~立川19時40分到着
ひろさんと2人で「坂東33観音霊場めぐり」に参加しました。
 
 
車窓からスカイツリー
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13番 金龍山 浅草寺(浅草観音)
 
詠歌:ふかきとが今よりのちは よもあらじ つみ浅草に まいる身なれば
 
 
 
『浅草寺縁起』等にみえる伝承によると、浅草寺の草創の由来は以下のとおりである。 推古天皇36年(628年)、宮戸川(現・隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網にかかった仏像があった。これが浅草寺本尊の聖観音(しょうかんのん)像である。この像を拝した兄弟の主人・土師中知(はじのなかとも、「土師真中知」(はじのまなかち)とも)は出家し、自宅を寺に改めて供養した。これが浅草寺の始まりという。その後大化元年(645年)、勝海上人という僧が寺を整備し観音の夢告により本尊を秘仏と定めた。観音像は高さ1寸8分(約5.5センチ)の金色の像と伝わるが、公開されることのない秘仏のためその実体は明らかでない。平安時代初期の天安元年(857年。天長5年(828年)とも)、延暦寺の僧・円仁(慈覚大師)が来寺して「お前立ち」(秘仏の代わりに人々が拝むための像)の観音像を造ったという。これらを機に浅草寺では勝海を開基、円仁を中興開山と称している。天慶5年(942年)、安房守平公雅が武蔵守に任ぜられた際に七堂伽藍を整備したとの伝えがあり、雷門、仁王門(現・宝蔵門)などはこの時の創建といわれる。インターネット
 
 
 
下記の写真を大画面でご覧下さい。
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可愛らしい夫婦狛犬を見て心温まりました~次は龍正院に向かいます。