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以前ぶろぐっこで訪れたシャガが綺麗に咲いていた慈光寺に向かいました。
今回は紅葉も楽しむ事が出来ました。
 
 
9番 都幾山 慈光寺
 
詠歌:聞くからに大慈大悲の 慈光寺 誓いも共に 深きいわどの
 
 
 
この寺は、673年(天武天皇2年)興福寺の僧慈訓が千手観音を安置し、その後770年(宝亀元年)道忠が開山となって創建されたという。平安時代の貞観年間(859年 - 877年)には勅願所となり、天台宗の別院となりその中心的な寺院となった。その後、源頼朝をはじめ徳川将軍家などの帰依を得た。インターネット
 
 
 
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観音堂外陣の天井に「夜荒らしの名馬」と呼ばれる馬像がある。
この白馬は、左甚五郎の作と伝わる木像で、寺を夜な夜な抜け出しては付近の田畑を荒らしたので、怒った百姓たちに捕らえられて、鉄鎖で口元をしっかり縛られるなどしたうえで、ここの天井に納められたといわれる。インターネット
 
 
 
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紅葉をお楽しみ下さい~大画面でご覧下さい。
 
 
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10番 巌殿山 正法寺(岩殿観音)
 
詠歌:後の世の道を比企見の 観世音 この世を共に 助け給へや
 
 
正法寺(しょうぼうじ)は、埼玉県東松山市にある真言宗智山派の寺院。山号は巌殿山。坂東三十三箇所の十番札所である。一般には岩殿観音の通称で知られる。寺伝によれば養老2年(718年)に、沙門逸海が千手観音像を刻み開山し正法庵と称し、鎌倉時代初期に源頼朝の命で比企能員が復興した。頼朝の妻北条政子の守り本尊だったと伝わっている。天正2年(1574年)に栄俊が中興開山となる。天正19年(1591年)に、徳川家康より寺領二十五石の朱印地を与えられる。インターネット
 
 
 
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銅鐘(梵鐘)元亨2年(1322年)に鋳造されたもので、外面に無数の傷が付いており、これは天正18年(1590年)年に豊臣秀吉による関東征伐の際に、山中を引き回したの傷だと伝えられる。鐘楼元禄15年(1702年)に比企郡野本村(現在の東松山市野本)の山田茂兵衛の寄進で建立されたと伝えられる草葺き屋根の建物で東松山市内では最も古い建造物として、東松山市有形文化財に指定されている。インターネット
 
 
 
 
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八王子を7時に出発~7時40分に立川を出発して立川に着いたのが19時~
来月は1月11日浅草寺から始まります~数珠玉も貯まってきました。