高麗神社

霊亀2年(716)東国武蔵野の大地に1799人の高麗人が入植した末開の原野の開拓にあたりました。
大和 朝廷はこの地を高麗郡と称し、高麗王若宮を首長としたのです。
「高麗」はかって朝鮮半島から中国大陸にかけて領有した大国高句麗のこと。
668に滅びた高句麗からは多くの人々が日本に渡り土着しました。 
高麗王若宮の没後、都民はその徳を偲び霊廊を建立、高麗明神と称し崇めたのです。
平成28年(2016)には、高麗郡建郡から1300年を迎える事になります。

高麗神社は昨年もパソコン仲間と来ましたが今日はゆっくりと見て廻ります。

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高麗神社境内の桜 大画面で見て下さい。

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聖天院

現在の日高市は、高麗郡の中心をなした地域と考えられ、1889年(明治29年)まで高麗郡でした。 
高麗王若光は高麗郡の長として、広野を開き産業を興し民生を安定し大いに治績を治めました。
 勝楽寺は若光が亡くなったあと、侍念僧勝楽が若光の菩提を祈る為に751年(天平勝宝3年)に建立しました。若光の三男聖雲と孫の弘仁が勝楽の遺志を継ぎ、若光の守護仏聖天尊(歓喜天)を本尊としました。その後開山以来の法相宗を真言宗に改め、1580年(天正8年)には本尊を不動明王にしました。当代まで実に1250年間絶えることなく継承されています。
 2000年(平成12年)には、山腹に新本堂を建立し、同時期に在日韓民族無縁の慰霊塔を建立されました。


雷門の手前に咲いている桜 大画面で見て下さい。


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慰霊塔が新しく出来ました。綺麗でした。


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高麗神社・聖天院と私にとって忘れられない思い出の場所になりました。
その場所に一人で再び来る事が出来てこんなに嬉しい事はありません。
聖天院ではぺ・ヨンジュンのファンの方と一緒になり写真を撮って貰ったり
久しぶりに韓流ドラマの話に花が咲いて楽しかったです。