平櫛田中美術館に行こうと突然尋ねてきた友人に、何と言ってしまいました。
初めて聞いた名前だったし、私は教養が無くて恥ずかしいと思いました。
実際に行ってみると素晴らしい高尚な作品ばかりでした。
一つ教養が増えたかな。私を誘ってくれてありがとう。

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幼名は田中倬太郎です。明治15年に平櫛家の養子となり、その後 二つの名字を合わせて、号にしたものです。 
エピソード
満百歳の誕生日を前に、30年分の材料を買い込んだといわれる。「男ざかりは百から百から。わしもこれからこれから」とは本人の弁。これを聞いた横溝正史は「田中さんには及びもないが、せめてなりたやクリスティ」と詠んだ。 
昭和12年に鏡獅子の製作を開始したとき、歌舞伎座に25日通いつめ、場所を変え、さまざまな角度から観察した。平櫛田中の代表作「鏡獅子」(高さ2メートル)は、東京国立近代美術館が所蔵しており、国立劇場に永久貸与しています。
彫刻刀の刃味には、徹底的にこだわり、刀匠に彫刻刀・小刀の製作を依頼していた。後に人間国宝となる、宮入行平に製作を依頼したが、当初は、満足した刃味が得られなかった為、総てつきかえし、愛弟子のごとく宮入を徹底的にしごいた。平櫛との交渉で、宮入は自分の刀剣の切れ味に絶対的な自信を得ることになる。

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