沼津御用邸は明治26(1893)年、大正天皇(当時は皇太子)のご静養のために造営されました。  御用邸は皇室が主として保養のために用いる別邸で、いわばリゾート施設です。当時、このあたり一帯は楊原村と呼ばれる小さな漁村でしたが、気候が温暖なうえ、前面には駿河湾、背後には富士山という風光明美な地であることから別荘地として注目されはじめて、すでに大山巌(陸軍大臣)、川村純義(海軍大臣)、大木喬任(文部大臣)、西郷従道(陸、海軍大臣)の別荘が建てられていました。彼らはいずれも明治政府の高官です。川村純義伯爵が後に皇孫殿下(昭和天皇と秩父宮殿下)の養育係になっていることを考えると、この4人の存在が御用邸設置に大きく影響したものと思われます。
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旧沼津御用邸本邸正門

この正門は明治時代、大正天皇の皇太子時代に御用勤務の医師を務めたエルヴィン・ベルツ博士の縁により、ドイツのゾーリンゲンで特別に造らせた鋳鉄製の門で、長い歳月を経て、当時の姿を今日に伝えています。
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菊科展が開催されていました。
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浜道 堤防が出来る前は満潮になると潮がここまで満ちてきたそうです。
今は一般市民の為に御用邸内を通らずに浜へ出られるように散歩道としてこの様に整備されています。 
浜道からの入口 小船をつけてご用の商人が入ったそうです。 
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